団体概要
◆NPO法人筑紫野市「障害」児・者問題を考える会
◆ 代表者:大島 律子
◆ 所在地:〒818-0021
福岡県筑紫野市下見384-3
◆ 電話番号:092-984-1955
◆ FAX番号:092-984-1533
◆ 設立:1979年
歩み
- 1979
親の会誕生・筑紫野市「障害」児・者問題を考える会(つぼみの会)
1組の親子より始まる。二日市東小学校に特殊学級があり、校区外から「障害」児が通学していた。
「校区の子どもは校区の学校にいれたい」という親の願いがあり、教育委員会と交渉で初めて3名の「障害」児の「校区の学校への通学」を勝ち取る。
以後、校区の学校へ入学できるようになる。
- 1983
筑紫野市「障害」児・者問題を考える会として活動する。
会則、方針、規約などをみんなで話し合い、作り上げる。
福岡県、筑紫地区などの研修会へ参加するようになる。
(市同研、県同教、前同教、県教研、全国教研、県「障」研に毎年参加)
親が中心となり、啓発活動もさかんになる。市民の方が数名、会員に加わる。
- 1986
高校入試にヒアリングの導入。”努力しても聞き取れない「障害」児は高校に入れないのか”という思いがあり、中学校の友だち、福岡県の「障害」者団体、県民とともに福岡県教育委員会との交渉を行う。福岡県教育委員会より、下記の三つの回答が出される。
①みんなと一緒に受ける。
②別室で受ける。
③比例分配
- 1991
全国連絡会に参加。「0点でも高校へ」の運動を継ぐ点字受験の運動。
高等養護学校の定員割れを起こさない運動。
筑紫野市青少年市民育成会議に加入。事務局を個人宅から市民会議合同事務所に移す。
- 1992
二日市小学校に車いすの「障害」児が入学する。「全面介助を条件に」と教育委員会から提案され、 全面介助で入学。その後、介助なしで通学するようになる。
車いすなどを教育委員会から作ってもらう。
年間行事の中に、学校訪問、教育長・教育委員会との話し合いが入る。
- 1994
筑紫野市教育委員会との交渉の結果、「障害」児3名で特殊学級設置、1名で存続という確認が成立する。
- 1999
福岡県知的障害者育成会に加入。全国知的障害者育成会に加入。
九州地区手をつなぐ育成会連絡協議会に加入。全日本手をつなぐ育成連絡協議会加入。
- 2003
会員相互の力量を高め、交流を深めるために、年3回の「保護者交流学習会」を開始。
- 2004
長期にわたって会を坦い、発展させてきた田中会長が社会福祉法人「はーと&はーと」の事業に専念するため会長を辞し、大島会長が新会長として就任した。
- 2005
年度当初は役員体制をなかなか確立できませんでしたが、7月の総会以降はあらゆる活動を精力的に実施。
卒業生部会を新設。月ごとの月例会を毎月第二土曜に開催、5回の保護者交流学習会を実施した。(自立支援法の学習や就労問題と内容も広げました。)
- 2006
筑紫野市社会福祉協議会の助成金を受けとることが決定。これまでの活動の発展に合わせて行政や市民への認知も広がったようだ。2006年6月1日より「小規模授産施設社会福祉法人はーと&はーと」から、「通所授産施設社会福祉法人はーと&はーと」として認可される。
- 2008
事務所の人数を増やし、定例会での情報交換を中心に活動した。生徒の実態に応じて教員数の配置を行うように教育委員会に実情を説明に行った。教育予算が削られる中、考える会としての活動は市の行政関係の理解も得られ、筑紫野市は他市町村よりも手厚い支援ができている。
事務所を下見に移す。30周年記念行事をパープルプラザで行う。チャリティーコンサートを小倉実行委員長のご指導のもと開催する。
- 2009
事務所(通称:カンガルーハウス)の活動が本格化する。(バザー、カットイベント、親子おやつ教室等)それに伴い、事務所運営資金について深く考える年となる。
- 2011
市民提案型協働モデル事業として、「障害」児・きょうだい児預かり事業と雇用支援事業を実施した。今年度の課題をふまえ、雇用支援事業はぷれジョブへ、預かり事業には更に緊急時預かりと相談支援事業の追加申請をした。
- 2012
市民提案型協働モデル事業も2年目になり、特に「障害」児・きょうだい児緊急預かり相談支援事業の超多忙な年になり、「障害」児・者の日常生活を考えさせられた。NPO法人申請をする。
- 2013
7月、NPO法人として認可される。事務所での保護者や子どもたちの集う機会(余暇活動)が増えてきている。
- 2015
日曜カフェ、スポーツ教室、ボーリング教室を開催する。
- 2016
日曜カフェ一時休止、カンガルー農園開始。
- 2019
四十周年記念行事を行う。筑紫野市長をはじめ原田環境大臣、県議会や市議会、行政からも沢山の来賓に来ていただいた。